足り庵

肩の力をストンと抜いて、自分サイズで無手勝流~

このひと月もがき苦しんだ末の総括

息子の発達障害グレー

 

小学生5~6年生の時の中学受験を通して何となく気が付き始めていたが、中学に進学してさらに顕著になり、確信に至る。

 

7月22日からの夏休み中に目途を立てたくて、11連休を取り、色々と息子と向き合ってみたが、生活習慣で注意欠陥を目だ無くしようとする試みが全く無駄だったことにショックを受け、かなりの絶望に陥ったのは先週末の日曜日~月曜日(=8月22日~23日)だ。

何十回、指導しても、学習計画が立てられない。

「目的」=>「目標」=>「計画」=>「実績」

というサイクルというか順序が理解できない。

 

「目的」・・・何をするのか、何のためにするのか書いたもの(定性目標)

「目標」・・・目的を具体的にしたもの。数値が必ず入っているもの

「計画」・・・目標を達成するために、日々のやることを書いたもの。

「実績」・・・計画に対して、実際にどうしたかを書いたもの。

 
この単語の意味を何度説明しても理解できない。
暗記すればいいじゃん!とか思うが、それさえもできない。

もちろん、図式化&紙に書いて、机の前に貼ってある。

 

俺は息子が全く理解できなくなった。

知能が低いわけではない。

一学期の成績は中の下という所で、よいわけではないが今のところ並みである。
先月の三者面談においても、ADHDグレーの話から、「片づけが苦手であったり、遅刻しがちであったり、授業に集中できないことがあったりはするが成績的にも特殊クラスへの編入を考えるような状況ではない」とはっきり言われている。

やり方を覚えれば少しずつでも対応できていくのではないか?

その上で、『個性の長所を伸ばして、短所を目立たなくする』ことに徹すればいいんじゃないか!?って考えていた。

が、その考えが完全に崩されたのがこの一か月間のことだ。

事象に対する認識自体ができないように感じる。
つまりこちらが話したことに対する理解が全く異なる。というか理解できていない。

昨日はかなり行き詰った。

・俺は片親で、息子の母親(=元嫁)は本州じゃないところに住んでいるのでサポートは期待できない。
というより、小1の時に離婚してから、息子に会いに来たのはたったの4回。最後に会ったのは小学三年生の春休み。

・俺は週末しか帰れない。
 本当は信州に仕事があればよいのだが、5年間色々ともがいて全く仕事がないのであきらめた。
 今は東京で働いている。

・平日は80代半ばのジジババに見てもらってはいる。
・爺は数年前に要介護認定を受け、婆に負担がかかっている。

・中学生になったら、息子も自律的に活動ができる事を期待して、歯を食いしばって何とか頑張ってきたが今回のADHDグレー

それでも、何とかやらなければならない。
ところが、どうやっても乗り越えられない、この一カ月。
完全に心が折れた昨日。

とはいえ、あいつと一緒に人生を終わらすわけにもいかない。

もう一度、方針を練り直してやり遂げなければ。

あいつを大人にしなければならない。

医師の診断を早めに受けさせたいところだが、しばらく休みを取ることができない。
学校には発達障害に対するテストとアドバイスを受けられるサービスがあるらしいのでそれは先月の三者面談の際に依頼してはあるが担任の教師は正直、全頼りにならない。というか信用していない。

三者面談の際に通信簿を受け取ったが、4~6月までは無遅刻無欠席だったのに、7月第2週から10日間連続で遅刻をしたと書いてあった。
(うちの家庭環境なども最初に伝え、何かあったら連絡してほしいと伝えてあった)にも関わらず、家庭に連絡をしてこなかった。
普通ならば、三日連続で遅刻したら、連絡寄こすだろ。

残念ながら、あの担任は信用できない。
もっとも、総体として、地方の公立の中学校教師なんてまともな奴がいるわけないのはわかっているが、ここでは個人としても信用できないという意味だ。
さて、もう発達障害については俺もちゃんと認めないといけない。
今は、以下を基本方針としよう。

 1.息子は異次元の見方をしているのでこちらの見方を理解できないということ。
 2.個性であって直すことはできないということ。
   (いくら説教を重ねても何の意味もないというより害悪である、ということ)
 3.長所を伸ばすことに専念しなければいけないということ。
 4.短所については、中学生の間は俺が積極的にフォローしていくこと。
 

ここまで書くのに50分かかっている。
進捗が悪いがまだ情報不足な点もあるし、ここに書き切れないだけですでに進めていることもある。

とにかく、粘り強く、ストレスを持たず、効果のあることを一歩ずつ進めるしかない。
あいつが独り立ちできるまでは俺があいつの杖となろう。
そう決めた。
昨日の夜。